紙ヒコーキおじさん奮戦記・2002/10月号
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 −おじさんもジャパンカップに出場!−

 このところめっきり秋色が濃くなり、山にはススキが、栗が、田んぼには稲穂が・・・青空は高く、小影に入れば涼しく、今が一番の紙ヒコーキの季節ですネェ〜!紙ヒコーキファンの皆様には、各所でご活躍の事と存じます。
 ところで、待ちに待った!ジャパンカップ出場参加証がおじさんにも届いたのです。今年の広島は4名の出場となり規定機種I−A 有田さん、自由ゴムA 多賀谷支部長、佐伯さん、そしておじさんにも参加資格が・・・

 〔名古屋入り〕 9月13日
 おじさんには昔から悪い虫が棲んでおり、現役時代にも“出張”となると何か付加価値をつけて“早目の出発!”五感を楽しむ癖があり、今回も同様に9/13 のぞみ14号(11:32発)に乗り込み名古屋入り。愛機をホテルに預け出掛けるおじさんがいるのだぁ〜!
 電車を乗り継ぎ、地図(事前調査はバッチリ!)を片手にやって来たのは、あの有名な“徳川美術館”・・・目的は、日本に3つとない!“曜変天目茶碗”中国の清の時代に造られ、徳川家康が、こよなく愛した・・・と言われている逸品である。しかし、残念なことに、実物を観ることが出来なかったのです。
 当該期間は、“尾張の戦国武将たち展”とのことで武将たちの画像、書状、銘刀の数々、“関ケ原の戦い”の絵巻・・・等でガッカリ!帰り際、受付嬢に目的の茶碗について問い合わせ、「写真だけでも・・・」とあつかましいおじさんが・・・
 半ナマ?の気持ちで退館したところで、携帯が・・・有田さんより名古屋到着!との連絡を受け、早速ホテルへ・・・もう一つの楽しみが待っているのだぁ〜!
 これも調査済み!のお店に有田さんと・・・名古屋のお酒も旨い・・・!と夜遅くまで・・・の2人がいるのだぁ〜!

 〔ナゴヤドーム入り〕9月14日
 当日は、早朝より目が覚めるおじさんが・・・愛機のチェック、OK! いよいよ「ナゴヤドーム」に向かう2人が・・・地下鉄を乗り継ぎ、歩廊を出ると目の前に大きな姿!ドーム球場が・・・
 いよいよ、第9回ジャパンカップが・・・と思うといささか興奮を覚えるおじさんが・・・!  

 

紙ヒコーキ
おじさん 「有田さん、記念写真を・・・」

とお互いにドーム前にて、ハイチーズ!
 佐伯さんと合流!「大切にしまい込んだのか?参加証が無くなった!」とのこと。早速おじさんの出番!受付に名古屋の久米さんを見かけ、事情説明、顔パスにて受付完了!大会本部にて再発行手続き・・・一件落着!
 ドーム内は、すでに全国から集まった選手達が各々愛機の調整に余念がない。おじさんも・・・と思ったが多賀谷支部長の顔が見えない!!心配だが、おじさんも愛機の調整がした〜い!有田さんのヒコーキも調整が・・・!もう少し調整時間が・・・の佐伯さんもいるのだぁ〜!
 大会本部より「間もなく開会式を・・・」との案内が流され、おじさんのイライラも最高潮に・・・!そうだ、おじさんは大会運営のお手伝いも依頼されていたのだ!本部より黄色のTシャツを受け取る。Lサイズ!体重51kgのおじさん、忠臣蔵の浅野匠頭を思い出す!
 多賀谷支部長の調整姿が見え、ひと安心・・・
 開会式が始まり、全国からの選手約400名が揃う(写真)・・・さすがに全国大会!皆んなの顔が紅潮し、どの選手も強そうに見ェ〜る!
 一方、おじさんは、不安より参加する事に意義が・・・?!いや全国の皆さんにお逢い出来るのが、いいのだぁ〜!のモードに切り替えるおじさんが・・・?!

 〔競技開始!〕 (写真) (写真)
 プログラムに沿って、自由機種ゴムAより開始!おじさんの出番(第5組)なのだぁ〜!佐伯さんは、第3組、多賀谷支部長は、第8組と別々の組にて出場!
 各組、計測員2人、記録員1人で始まり順次名前を読みあげられ出場者の確認。競技に参加して、この時の気持ちがなんとも言えない期待と不安が入り混じり、緊張感と孤独感・・・これがたまらな〜い!!
 いよいよおじさんの1投目、45.3秒!よ〜し、旨く行ったぁ〜!2投目41.2秒・・・5投目まで43〜45秒!計測員のおじさんから、「この成績なら上位を狙えるョ!」との一言!期待を膨らませるおじさんが・・・途中、佐伯さん「2回墜落!ダメじゃ〜」との情報。多賀谷さんも頭を下げているので心配?2人共あの暑い中を毎日調整し、ヒコーキを作り直して今大会に意気込んでいたのだが・・・
 続いて規定I−A開始!有田さん、第4組にて出場。第1投目、19.0秒?!

おじさん 「有田さん、ヒコーキが右旋回なので中央より1塁線のポールを狙って・・・」

とアドバイスに余念がないおじさんが・・・!5投目まで18.1秒〜20.5秒!ウ〜ン?「今一調整が出来てなかった」ごめんなさい有田さん!次々とプログラムは進み、順調である。
 忘れてたぁ〜!おじさんはヒコーキ教室と調整係だったのだぁ〜・・・(写真)
 飛ばないヒコーキを見つけ、2〜3度調整すると飛び始める・・・さすが“魔法の手”・・・と自我自賛するおじさんが・・・

子供達 「おじさん、ありがとう・・・良く飛ぶようになった・・・」

お父さん 「ありがとうございました。子供があれ程までに喜んで・・・」

名古屋の親子さん、礼儀正しく、尾張出身の武将たちの血を引継いでいるのか・・・と感ずるおじさんが・・・
 ヒコーキ教室は親子で頑張っている2人を見つけ要点をアドバイス・・・

おじさん 「これで完成!接着剤が乾くまで、このままに・・・名前を書いて20分〜30分後、引取りに来て下さい。!」「飛行の調整もしますので声を掛けて下さい・・・!」

と親切なおじさんが、ここにもいるのだぁ〜!
 皆んな楽しく飛ばしている。上下、左右、前後!を見ながら歩かないとヒコーキを踏んでしまいそう・・・

 〔成績発表〕
 成績表が貼り出され各選手の皆さんが集まり、「私は?僕のは?お父さんのは?・・・」
 おじさんも、なかなか成績表に近付けず、遠くから眺めるだけ。競技中の計測員より、「おめでとう、6位入賞ョッ!」えェ〜?!ほんとう〜?半信半疑で確認するおじさんが・・・「やったぁ〜!」と大声で叫びたい気持ちをグッと押えるおじさんがいるのだぁ〜!
 各地の知人も祝福の握手を求めて、「おめでとう!」、「ありがとう」・・・の連発であった。

 〔ジャンボ飛行機〕
 競技も終盤に至り、慣例のジャンボ飛行機の登場、翼長3〜5m、全て紙製である。これを5〜8m走り、手投げでスタート!(写真)紙ヒコーキ大会唯一の醍醐味である。製作も大変!大会会場までの運搬〜組立ても大変なご苦労があると思いますが、参加者全員が見て楽しめるメーンイベントである。

 〔表彰式〜閉会式〜懇親会〕 (写真)
 今年の大会は、スピリット・オブ・セントルイス号、大西洋単独横断75周年記念としての特別の大会であった。そのためか、リントバーグ家のリーフ・リンドバーグさんご家族が来日され、大会を盛り上げて下さいました。又、韓国からも多数参加されており、懇親会も大いに盛り上がり、楽しい国際交流が出来ました。
 広島からの皆さん、お疲れさま、又、大阪の堀川さん、石川の鷺森さん、AG社のM.Nスレッシュさん、韓国のセオ・リー・ユンさん(私の今大会6位入賞機を可愛がって下さい!)皆さん、本当にありがとうございました。この画面をお借りしてお礼申し上げます。
 懇親会の途中、後髪を引かれる思いで、皆さんに再会を約束しながら・・・名古屋20:34発のぞみ29号(広島23:51着)に上り込みで乗車!お酒も入り寝過ごさないよう携帯の目覚ましモードを忘れない!ひとり淋しく疲れたおじさんが・・・。


まだまだ続く、次なる紙ヒコーキ教室!
 9月22日 広島交通科学館
 9月28日 本郷町北方公民館(2回目)
10月 5日 江田島町教育委員会
10月 6日 ひろみ幼稚園
まだまだつづく、どこまでも・・・紙ヒコーキ教室が ・・・俺を待ってるぜ〜♪・・・!
では…また次回のココロだぁ〜!!
つづく
紙ヒコーキ